ケンちゃんボールペンが当たった日

たしか私が小〜中学生のころ、ケンちゃんラーメンというものが売られていた。

サンヨー食品が販売していたカップ麺だ。


「ケンちゃん」とはケーキ屋とかクリーニング屋のたぐいではなく、モチのロンで志村けんのことである。


当時、8時だよ全員集合が終わり、志村けんのバカ殿様、志村けんのだいじょうぶだぁ、カトちゃんケンちゃんごきげんテレビなど次々と志村けんの冠番組が放送され、お茶の間を席巻していた。世はまさに空前の志村けんブームだったのだ。


そんななか発売されたのがケンちゃんラーメンである。


思い違いでなければ、たしかおまけでシールも付いていたのでわれわれお子さまはお小遣いを使うなり、買い物ついでに親にせびるなりし「ケンちゃんラーメン最高!」とおたけびをあげながら、こぞってケンちゃんラーメンをむさぼり食っては「マジだっふんだー」などと意味不明な感想を述べていた。


正直、カップ麺なら日清のカップヌードルのほうが断然量も多いし美味いというのが本心ではあったが、志村けんというネームバリューが宗教のごとく子どもたちの心を洗脳していたのだ。


そんなケンちゃんラーメンには、もうひとつ重要なイベントがあった。


スクラッチカードが同包されており、けずって当たりが出ると、なんとケンちゃんボールペンがもらえるのだ!



参考資料: ケンちゃんボールペン


実のところ、これが欲しいがためにケンちゃんラーメンを食べ続けていたようなものである。


おまけのシールには目もくれず、メインのラーメンよりボールペン。シール目当てで買っていたビックリマンチョコもビックリな逆転現象だ。


来る日も来る日もケンちゃんラーメンを食べてはスクラッチを削るという流れ作業に勤しんでいたが、結局当たりが出ず、やがて飽きた。体感的に5億食くらい消費したであろうころである。


やがて中学生になり、ケンちゃんラーメンよりもクラスの女子のスカートの丈が気になりだした頃、事件がおきた。というか、天使が舞い降りた。というか棚からぼた餅が落ちてきた。というか瓢箪からコマが出た。いやちがう、寝耳に水だった。…知ってることわざを駆使したが、どれも的を射てないな。


突然身に覚えのない封筒がポストに届いたのだ。差出人はサンヨー食品。
開封してみるとまさかの、夢にまで見たあのケンちゃんボールペンが入っていたのである。「当選おめでとうございます」の紙とともに。


え、ちょっと!応募してないのになんで当選しちゃったの??欲しい欲しいという神通力で採用されたのだろうか。ほんとうは別の人に送るはずが間違ってうちに配達されたんじゃないか。突然警察が来て横領罪で逮捕されるんじゃね?
おれの脳内Twitterの「いいね」ではなく「ホワイ」が連打された。1万ホワイを超えたところで思考が停止し、ケンちゃんボールペンをそっと引き出しにしまった。


翌日、冷めやらぬ興奮ともやもやと冷静と情熱の間にただよう藻のごとく挙動不審で登校すると、いつものように友人がニヤニヤと寄ってきた。


「そろそろ届いたんちゃう?」


反射的に「なにが?」と返答するまえにピンときた。


「ケンちゃんボールペンか…もしかして!」


図星だった。友人が当たったスクラッチを私の住所と名前を記して送っていたのだ。なにその神対応。


友人はとくにその話を引きずるでもなく、あっさりと話してあっさりと別の話題になった。そんなものか。
私ならサンバカーニバルくらいのテンションで1ヶ月は言い続けるぞ。サンバカーニバル見たことないけど。


かくして念願のケンちゃんボールペンが我が手中に収まったわけだが、さてどうするか。こちとら思春期入りたての中学生である。
当時、モテるための必須文房具はディズニーだったりサンリオ系、もしくは光GENJIの切り抜きを透明の下敷きみたいなファイルにはさむのがトレンドだった。


カワイイが群雄割拠するなかに志村けんがおじゃまするスペースは空いているのだろうか。


答えは“NO”である。


結局、学校にも持っていかず、友だちにも披露せず、引き出しにしまったまま数ヶ月が過ぎたころ、深夜ラジオから気になるアナウンスが流れてきた。


「あなたのいらなくなった宝物を募集します」


これだ!と思った。
ちなみにパーソナリティは伊集院光だった。(番組名は失念)


さっそくケンちゃんボールペンを封筒に入れ、ラジオ局宛に送った。

もちろん宛名などはケンちゃんボールペンで書いた。


そして翌週、かの番組をカセットテープに録音しながら聞いていると、見事採用されたのである。


「ラジオネーム〇〇さんからケンちゃんボールペンが届きました。ケンちゃんラーメンで当たったらもらえるやつですね。マニアよだれ。さて…」


「マニアよだれ」


かくして私のケンちゃんボールペンは伊集院光の“マニアよだれ”という流すように放たれた、たったワンフレーズの金言とひきかえに無事成仏したのであった。


言いかえれば“ケンちゃんボールペン”と“マニアよだれ”の物々交換、現代のわらしべ長者と呼んでも過言ではない事案である。


それ以来、他人が自慢してくる(私は興味のない)レアアイテムについて「あーそれはマニアよだれですね」という返しができるようになった。


いいものと交換してもらったと満足しているが、28年の月日を経ても“マニアよだれ”はまだそれ以上のものと交換できずにいる。


いつか庭付き一戸建てをゲットできる日はくるのだろうか。


わらしべ長者への道は、まだ始まったばかりである。