丸坊主になった日

先日、長かった髪をばっさり切って坊主になった。


これが


こうなりました

髪型が突然坊主になるとたいてい「浮気がばれたのか」「仕事ですごいミスをしたのか」「出家したのか」との問い合わせをつぶてのごとく受けるが、そういったことはまったくなく、ただ単純にうっとうしくなったから切っただけのことである。うううそじゃないぞ。

まあ中途半端に切るより、いっそのこと丸刈りにしたほうが皆さんの話題の種になりおもしろいだろうというサービス精神もないことはない。

思い返せば、これまでも長髪にしては丸坊主にするという行為を繰り返してきた。切ったり揃えたりして徐々に伸ばした髪をいっきに切る、というのをおよそ四年のスパンでやっている。オリンピックみたいだが、けして五輪と五厘刈りをかけているわけではない。

「高ければ高い壁のほうが登ったとき気持ちいいもんな」とたしかミスチルが歌っていたと思うが、同じように長ければ長い髪のほうが丸坊主にしたとき気持ちいいのだ。この爽快感、はんぱないぞ。

このたび散髪するにあたって、ビフォーアフターだけでなく、途中経過も写真におさめたいと思っていた。

普通、坊主にするならバリカンで襟足から刈っていくイメージがあったが、今回先にてっぺんだけ刈ってもらい、落ち武者スタイルで写真を撮ろうと思っていた。

その旨を担当の理容師さんに伝えようよしたら、先に言われた。「上だけ刈って落ち武者みたいにして写真撮りましょうか」そのセンスまじかよ!

ということで、ばっちり写真におさめてもらった。


前から


後ろから

後ろは一見長髪だが、てっぺんに違和感がある。

丁髷にするには髪の長さがたりなかったが、とりあえず当初の目標は達成できたので満足だ。

次回はまた髪が伸びた四年後に断髪式の報告をしたいと思う。

その時までハゲませんように。



持って帰りますか?と言われたけど遠慮した

ブログを始めていつのまにか2年経っていた日

ブログを始めてから2年の月日が経っていた。


2年と40日

1年経った時にも書いたかどうか忘れてしまったが、こんなにこつこつと続くとは思ってもみなかった。THE・月並みな表現。

さらに今年はデイリーポータルZ新人賞において佳作に輝くという夢みたいなこともあったので、モチベーションが維持できているのかもしれない。

佳作をいただいた日

思えば小中高と学生時代は作文や感想文がはてしなく苦手だった。

だいたい書き出しは「ぼくは」で、そこで何時間もフリーズしてしまう。何を書いたらいいかわからない思いと、書いた文章を読まれるのが恥ずかしいという思いのワンツーパンチでノックアウトされる日々だった。 書き上げて提出した覚えがまったくない。

確かにぼくは何かしら行動をして何かしらの感情を得たはずなのに、それを文章にできない。
当時のぼくはいったい何をしてどう思ったのだろう。
自分のことながら、思い返すと心身に異常をきたしていたんじゃないかと心配になってくると同時に、「ぼくは」としか書いていない原稿用紙を受け取った先生の心境を思うと、回っていないお寿司をおごってもまったく消せないくらいの罪悪感が逆流性食道炎のごとくこみあげてくる。

だがそこから20余年の時を経て、そのぼくはブログを書いている。

しかし、読まれて恥ずかしいという感情は今もある。

ネット上で知らない人(ふだん会わない人)に読まれるならなんてことないが、目の前で知り合いにブログを読まれることを想像するとやはり恥ずかしいし、たまーに自分で読み返して恥ずかし時もある。

ということは、今でも読書感想文を原稿用紙に書いて上司やら友達やらに提出しなければならない事態に直面したら、もしかしたら何も書けないんじゃないだろうか。当時からまったく成長していない自信なら売るほどあるぞ。

でもそんなことを恥ずかしげもなくブログに綴っていけているのは、だいたい酔っ払った状態で書いて、しらふの時に読み返さない勇気があるからなのかもしれない。

ただ、過度にべろんべろんだとポエムみたいなことを言ってしまうおそれがあるので、その辺は柔軟に対応しているつもりではある。

まあとりあえずブログ3年目の決意としては、「しらふで文章を書けるようになる」が妥当なところだろうな。

ドムドムバーガーが閉店した日



阪急水無瀬駅前にあるドムドムバーガー水無瀬FC店が9月10日をもって閉店した。

私はこの町に引っ越してきて7年ちょっと。数ヶ月に1回くらいのペースでしか通っていないので、回数にしたら全然たいしたことはない。
この地ではまったくの新参者だ。

しかし、幼少のころからMドナルドやLッテリアよりドムドムのアイデンティティに魅力を感じていた身としては、ドムドム閉店という事実に寂寞感を禁じ得ない。

今年に入ってからドムドム連合協会の存在を知り、ドムドムへの興味が徐々に加速していった。そしてそのドム連が発行している同人誌も購入した。

もはや「なんちゃってファン」から「ドムドム男子」に昇華したと言っても過言ではないだろう。※個人の感想です。


ドムドム応援マガジン「DOMain」

さて、この水無瀬店は実に31年という長きに渡り町民に愛し愛され、皆の胃袋をぎゅぎゅっと握りしめてきたのだ。
このご時世、そんなに長く続く飲食店もなかなかないだろう。

その証拠に、最終営業日の店内は人であふれかえっていた。大繁盛なのと在庫を残せないことから、昼過ぎにはフードメニューはすべて売り切れ、ドリンクのみになっていた。
そして多数のオーディエンスによるスタンディングオベーションの中、いよいよその時を迎えたのであった。まるで映画を観ているような感動のフィナーレ!

店長はじめ従業員のみなさん、お疲れさまでした!


最後の注文はカルピスだった


そういった興奮が落ち着いてくると、次に出てくるのは跡地になにができるか問題だろう。

各々から、コンビニ!100均!カフェ!と思い思いの意見が発せられるが、個人的にはドムドムがなくなってしまった今、誤解を恐れず至極正直に言うと、モスバーガーとかできたら最高だよなという思いである。

歯ならびが悪かった日

先日、飲んでいたらフェチの話になった。
よく話題にあがる話だ。

メジャーなところではお尻フェチや眼鏡フェチといったところか。あと絶対領域もすごい人気だ。

年配の人に聞くと、口をそろえてうなじに魅力を感じるという。個人的にはまったくなのだが。
昔の美人の定義として「小股の切れ上がった」と言うが、それもまたフェチの一種だろう。

では私は何フェチかと問われると、中学生の頃からの歯ならびフェチである。

ピシッと揃った歯ならびではなく、ガタガタのならび具合に魅力を感じるのだ。歯ならびと林檎たちはふぞろいなほどいい。前歯が折れていたりしたらたちまち確変突入するだろう。これは男女関係なくだ。
ちなみにふぞろいの林檎たちは見たことがない。

私は学生時代、音楽はシンガーソングライターよりバンドを好んで聴いていた。というより、ソロシンガーになぜか魅力を感じなかったのだが、例外として大江千里、徳永英明、槇原敬之は好んで聴いていた。アルバムだって全部持っている。

その3アーティストの共通点とはなにか。そう、皆歯ならびが悪いのである。ガッタガタだ。当初は歯ならびのことは気づかず、のちに知った。おれのシックスセンスが引き寄せたのかも知らない。

男性でこれなのだから、女性ならかわいさ10割増しだろう。クイズダービーで言うと最終問題の「倍率ドン!さらに倍」のレベルだ。はらたいらもびっくりである。

そう言うと、よく「八重歯とかいいよねー」と言われるが、八重歯とはジャンルが違うのだ。

わかりやすく言えばポケモンとデジモンくらい違う。わかりにくく言えば十一面観音と不空羂索観音くらい違うのだ。わかった?

そして歯ならびの話でどうしてもはずせないのが歯列矯正。あの金具には永遠の理を感じることができる。ここは永遠と書いて「とわ」と読むところだ。とわのことわり。よくわからないが。

しかしである。矯正をすると次に待っているのはきれいな歯ならびなのだ。歯列矯正の未来はきれいな歯ならび一択である。
自らの死と引き換えに繰り出す最終奥義みたいなものだ。散り際がいちばん美しいとか、食材は腐る寸前がおいしいとか、そういったことだ。これが諸刃の剣か。

しかしそれらは後に散るし腐ってしまう。

デッドオアアライブ。
歯列矯正ダメゼッタイ。

この教えをたずさえてガンダーラを目指したいと思う。歯ならびの悪い国、ガタガータ。

デジカメが欲しかった日

デジカメが欲しい。デジカメが欲しい。デジタルカメラが欲しい。

先月宮ヶ瀬ダムに行った際、参加者のほとんどが当然のようにデジカメを持っていた。コンデジからデジタル一眼までそろい踏みだった。まあそれに影響を受けて欲しくなったというのが、まごうことなき事実である。ちなみに私はiPhoneだった。

いやいや、そりゃあ私だっていい大人だ。デジカメのひとつやふたつくらい持っている。…たしか持ってたよな。
どこにしまっただろうかと思い、家中の引き出しという引き出し、ダンボールというダンボール、向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに。すべてかっさらったら出てきた。タンスの奥から。なぜ服と一緒にカメラをしまうか。


15年くらい前のサイバーショット


たぶん20代なかばのときに購入したので、およそ15年前か。

おそるおそる電源を入れてみるも起動しない。ああ、バッテリー切れかと思い充電するもやはり動かない。おそらく充電池がだめになったんだろう。

かといって新しい充電池を買ってこのカメラを使うかというと答えはNOだろう。ひと昔前のデジカメだ。しかもレンズ部分がくるんと半回転して自撮りができるという強者だ。正直ちょっと恥ずかしい。

いやいや、一周回っていいんじゃね?という可能性も考えたが却下となった。まだ一周回っていないだろう。レンズも半回転だし。ということは、これいいじゃんとなるには、あと15年かかるんじゃないか。もしかしたら未来永劫いいじゃんをもらえないかもしれない。でもわずかな期待にかけて処分せずにいようとは思う。

さて、新しいデジカメを購入するにしても何を買うかである。

自慢じゃないがデジカメに関してはまったくもって知識がない。
最近になって「コンデジ=コンパクトデジタルカメラ」ということを知ったし、ミラーレスの意味だって知らない。
もちろんデジカメを買うにあたって何を基準に選べばいいかもわからない。見た目か。ジャケ買いというやつか。

そういったことでやきもきしていたところ、デイリーポータルZで新しく買ったデジカメを自慢する記事を読んだ。

上空に隠されたメッセージを読む

これだ!と思った。
40倍ズームってすごい。望遠鏡に匹敵するんじゃないかと調べたら望遠鏡はもっとすごかった。


何百倍の世界

お呼びでなかった。

ならば顕微鏡と同じくらいなんじゃないか。


400倍

ごめんなさい。

対物レンズと接眼レンズという言葉を見たのは高校生以来だ。
いやいや、それにしてもすごいぞこれ。

どのデジカメを買ったらいいかわからなかったところでこの記事である。まさに渡りに船だ。よしよし、これを買おう。

給料が入ったら梅田のヨドバシカメラに行って…と思っていたが、数日後にはデイリーポータルZにアフィリエイトが貼ってあった。



生まれてこのかた40年、amazonで買い物をしたことがないのでこれまたよくわからない。たぶん各種個人情報やクレジットカードの番号を登録しなければならないのだろう。
私は年内に引っ越す予定なので、今登録すれば近々住所変更をしなければならないことを考えると、それもまた面倒な話だ。かといって引っ越ししてから登録して購入するかといえば、それこそ自分の性格を考えると、うやむやになってしまうことうけあいである。

現在、アルコールが入った状態で書いているので、日をあらためて、しらふの時にしっかり検討したいと思う。

では次回「デジカメを買った日」で会おう。

読み方が違った日

Communicationをなんと読むか。

英単語を見ればコミュニケーションだとわかるが、ふとした瞬間にコミニュケーションかなと思うことがある。コミュニかコミニュか。
早口で言えばなんとなく流されそうな間違いだ。

ほかにもシミュレーションとシュミレーション、スタグフレーションとスタフグレーションなどさまざまあるが、間違うのは日本人だけで、ネイティヴはそんな間違いはしないんじゃないかと思う。
実際カナダ人の知り合いに聞いたら苦笑いしていたのでそういうことだろう。

日本語なら「雰囲気(ふんいき)」がそれにあたるんじゃないか。いまだ「ふいんき」と言う人は意外と多い。スマホやパソコンで「雰囲気」と打つときはどうしてるんだろう。

日本にはいわゆる百姓読みという文化がある(外国は知らんけど)。

まちがった読み方が広まりすぎて、それが認められてしまうパターンも多々ある。民主主義か。いや、むしろ言葉の謀反だ。

そう思うと「雰囲気」が「ふいんき」として認められる日もそう遠くはないのかもしれない。

まあコミュニケーションがコミニュケーションでもOKとはならないだろうけど。

ちなみに私の苗字は「高下(こうげ)」というのだが、初めはほぼ100%「たかした」と読まれる。
いちいち訂正するのも面倒なので病院や一部取引先にはそれで通しているのだが、そのうち「たかした」が勢力を強めて「こうげ」に反旗をひるがえすたかしたの乱とか起こるんじゃないかと、内心わくわくしている。

髪の毛を染めた日

今年に入って髪の毛の色を変えた。

働きだしてからおよそ20年、髪型はいろいろ変えてきたが、色を変えるのは学生時代ぶりである。ちなみに動機はなんとなくだ。

幸い仕事は内勤で、基本的に外部の人と会う機会は一年に数回。服装もTシャツにデニムといったすこぶるラフな格好で働いている。なので髪型も自由だ。

しかしだからといっていきなり金髪にするのも気が引けたので、茶髪から徐々に明るくしていこうと思った。
いわゆるグラデーション理論である。

「いわゆる〇〇である」とかいうともっともらしく聞こえるが、グラデーション理論は私が今考えた言葉なのでほんとうにあるかどうかは知らない。

グラデーション

隣り合った色の違いは区別しにくいが、はじめと終わりでは全然ちがうという錯覚。

これなら黒髪が金髪になっても気づかれないんじゃないだろうか。

とりあえずいきつけの散髪屋さんで「ちょっと茶色くしてください」とオーダーした。

残念ながら画像はないが、オーダー通りちょっと茶色くなり、翌日出勤した。

会社の人「あれ、髪の毛染めた?」

ばれた。

まあ黒髪が少しでも茶色くなったのだ。そりゃわかるだろう。本番はこれからである。気づかれないように少しずつ明るくして最終的に金髪になるのである。

2カ月後、もうワンランク明るくした。

会社の人「あれ、また明るくなった?」

ばれた。

たしかに明るくはなったが、室内では気づかんだろうと踏んでいたが、あっけなくばれてしまった。
とりあえず「光の具合ですよ」とお茶を濁す。

さらに2カ月後、もうワンランク明るくした。

会社の人「あれ、また明るくなった」

ばれた。

かくしてグラデーション作戦は失敗に終わったのであった。

前述したとおり、会社では髪の色を変えたところでとやかくいわれないのだが、茶髪=不良という思い込みがどこかにある。それはおそらく私がいまだ学生気分で仕事をしているせいかもしれない。

学生といっても大学生ではなく中高生だ。

次は髪の色にふれられないように結界を張って対応したいと思う。

楓と知り合った日

最近「楓」という名前の人と仕事をする機会があった。しかも1ヶ月ほどで2人というハイペースで。

はじめはメールのやりとりだけだったので、名前からして女性なんだなとぼんやり思っていた。しかしあるとき電話がかかってきて楓さんは男性であることが判明したのだ。2人とも。

てっきり女性と思い込んでいたのでびっくりしたが、たしかに楓という名前は男女共通で使えるよなと思った。それと同時に男女共通で使える名前といえばキテレツ大百科のブタゴリラこと熊田薫が頭に浮かんだ。

「楓」という名前を聞いて女性を思い浮かべるということは、有名人に楓という名前の女性がいるんじゃないかと思い、記憶の糸をたどったが、女性では思い当たらなかった。しかし男性では1件ヒットした。ちなみに糸をたどるイメージはカンダタでお願いします。

ねんのため友達数人に「楓」で浮かぶ有名人のアンケートをとったところ、満場一致の回答を得られた。

流川楓である。

ああ、slam dunkの偉大さよ。

だが楓という名前だからといって本人が流川楓みたいなシュッとした容姿であるかはわからない。ブタゴリラ形式ならおもしろいなとは思ったが、人の容姿をネタにするのは無粋だろう。まあ関西人なら自ら自虐ネタにする人が多い気はするが。

「わての親がバスケ好きで楓って名前つけられましてん。まあ『かえで』いうより『それで?』って感じでっしゃろ。ブァハハハハー。」
といったやりとりが目に浮かぶ。※個人差があります。

しかしなぜ実際男性しか浮かばない名前を聞いて女性だと決めつけてしまったのか。そのあたりを突き詰めたく思い、このたび心理学に詳しい教授のもとを訪れようかと考えたが、面倒なので訪れなかった。

謎の真相は解明されないまま今回のブログは幕を閉じます。ごきげんよう。

ゴリラに襲われた日

「ゲリラ」という言葉を聞いて何を連想するだろうか。

やはり「戦争」や「軍隊」みたいなイメージだろう。


コトバンクより

しかしそういったイメージとはうらはらに、世間ではわりと気軽に使われてやしないか。

たとえば「ゲリラ豪雨」「ゲリラライヴ」、ゲームでは「ゲリラダンジョン」なんかもある。
それらは「戦争」ではなく「突然」的なニュアンスで使われているように思う。

それならもっと用途が広がるだろう。
たとえばどうだ。

・ゲリラテスト(抜きうちテスト)
・ゲリラ出張(急な出張)
・ゲリラ飲み会(奥さんに怒られるやつ)

どれも使えそうだが普通だ。

もっと語感を大事にしたらどうなるか。

・ゲリラ下痢(尾籠だがありうる話)
・ゲリラケニア(突然ケニア人が来訪)
・ゲリラゴリラ(突然ゴリラに襲われる)

だんだん現実味がなくなってきた感はある。だが可能性はゼロではないのだ。インターホンが鳴ったらドアの前にケニア人が立っているかもしれないぞ。気をつけろ!

−−−−−
以上の考察を踏まえて導きだした結論はゲリラと付くと基本どれも恐いということである。はじめのイメージとかろうじてつながったんじゃないか。いや、つながってるだろう。つながってると言ってくれよ。お願いしますよ。

結局「ゲリラゴリラ」と言いたくて書いたブログだが、さっき検索したら元旦ゲリラゴリラというお笑いコンビがヒットした。

残念ながら存じ上げない名前だったが、ネーミングセンスが私と似ているので、今後活躍の場を広げられることであろう。

まあまったく活躍していない私が言っているので何の説得力もないのだけど。

三たびごはんをプリントした日

これまで二度にわたってアイロンプリントをしたブログを書いてきたが、今回はその3回目である。

ごはんをプリントした日
再びごはんをプリントした日

松茸、寿司、肉じゃがに続いて今回チョイスした食材は…(ドラムロールお願いします)プチトマト!


プチトマト

作ったはいいが、なんかしっくりきてしまっている。おもしろTシャツとして作ったのに、うっかりオシャレになってやしないか。端にPaul Smithのロゴが入っててもおかしくないだろう。

おかげですっかり普段使いしているし、着ていても誰にも何にも言われない。(寿司と肉じゃがは見るなりつっこまれた)

おやおや、これに味をしめておもしろからオシャレにシフトチェンジするんじゃないかと思われるかもしれないが、安心してほしい。すでに次の構想があるのだ。それがこちら。


みなぎるアスパラベーコン

プチトマトのオシャレさを打ち消してなおあまりあるインパクトだ。
さすがにこれはPaul Smithでは売ってないだろう。まあプチトマトも売ってないけど。

現在、無地のTシャツがないのでまだ完成していないが、これを着て居酒屋でアスパラベーコンを注文する日を待ちわびている。