ひざかけちゃーはん2の仲間に入った日

このたび、おもしろサイト界のサードウェーブことひざかけちゃーはん2の仲間に入れてもらえる運びとなった。


そして記念すべき1回目の記事が本日公開されたのである。
(ここで各々脳内で適当なファンファーレを流す)

忘れられたメモリーカードで作るオリジナルC級カレンダー


経緯としてはおよそひと月前、こちらからsnsにて参加したい旨を伝えたところ、瞬時に快諾を得ることができた。


しかし、よしやるぞ!と意気込んだ直後に仕事で今世紀最大級の繁忙期がアルマゲドンのごとくやってきたので、書き出すまでにずいぶん時間を要してしまった。
ちなみにアルマゲドンを観たことないので語感だけで使用しております。アルマゲドーン!


仕事も落ち着き、いざ記事を書く準備に入ると、デジカメの電源が入らず、メモリーステックが読み込めなかったのでヨド◯シカメラへ行ってアダプターを買った。ネットで注文すれば早くても翌日なので本日中に手に入れるべくの判断である。


SD、microSD、メモリーステックが読めるスグレモノ


よしよしと、メモリーステックを読み込んだのち、次はmicroSDをと思ったらなんとそれらはmicroではなくminiSDだったのである。

残念ながらminiSDを読み込むすべは持ち合わせていない。microSDからの変換アダプタなら売るほどあるのに。

なんでやねん!とつっこみを入れつつ、やはりまたしてもヨ◯バシカメラへと向かった。

だが店内で該当コーナーを物色するも、一向に見当たらない。しびれを切らして店員さんに尋ねてみたところ、「当店には置いていません」との回答が。天下のヨドバシカメラにもないってまじかよ!

やむをえずネットで注文することとなった次第である。

1日で済むと思った作業がなんやかんやで一週間かかってしまった。急がば回れとはよく言ったもので、ショートカットを試みた結果、ずいぶんな大回りになってしまった。
2018年度のベストオブ紆余曲折が早々に出たかたちである。


そういった奔走の末、無事初めて外部サイトへの“寄稿”という形にすることができ、感慨もひとしおである。


最後に記事内11月の目線を入れた写真についての種明かしだが、記事内での“お笑い芸人”とは鳥肌実である。(知らない人は検索しよう)



個人ブログなので無修正で掲載してみたが、あらためて見るとふたりとも目つきがヤバいので、どちらにしても目線を入れて正解だったといえよう。


なにはともあれ、今後とも“ひざかけちゃーはん2”と、“ふんがふんがブログ(仮)”をよろしくご愛顧申し上げたい所存である。

ケンちゃんボールペンが当たった日

たしか私が小〜中学生のころ、ケンちゃんラーメンというものが売られていた。

サンヨー食品が販売していたカップ麺だ。


「ケンちゃん」とはケーキ屋とかクリーニング屋のたぐいではなく、モチのロンで志村けんのことである。


当時、8時だよ全員集合が終わり、志村けんのバカ殿様、志村けんのだいじょうぶだぁ、カトちゃんケンちゃんごきげんテレビなど次々と志村けんの冠番組が放送され、お茶の間を席巻していた。世はまさに空前の志村けんブームだったのだ。


そんななか発売されたのがケンちゃんラーメンである。


思い違いでなければ、たしかおまけでシールも付いていたのでわれわれお子さまはお小遣いを使うなり、買い物ついでに親にせびるなりし「ケンちゃんラーメン最高!」とおたけびをあげながら、こぞってケンちゃんラーメンをむさぼり食っては「マジだっふんだー」などと意味不明な感想を述べていた。


正直、カップ麺なら日清のカップヌードルのほうが断然量も多いし美味いというのが本心ではあったが、志村けんというネームバリューが宗教のごとく子どもたちの心を洗脳していたのだ。


そんなケンちゃんラーメンには、もうひとつ重要なイベントがあった。


スクラッチカードが同包されており、けずって当たりが出ると、なんとケンちゃんボールペンがもらえるのだ!



参考資料: ケンちゃんボールペン


実のところ、これが欲しいがためにケンちゃんラーメンを食べ続けていたようなものである。


おまけのシールには目もくれず、メインのラーメンよりボールペン。シール目当てで買っていたビックリマンチョコもビックリな逆転現象だ。


来る日も来る日もケンちゃんラーメンを食べてはスクラッチを削るという流れ作業に勤しんでいたが、結局当たりが出ず、やがて飽きた。体感的に5億食くらい消費したであろうころである。


やがて中学生になり、ケンちゃんラーメンよりもクラスの女子のスカートの丈が気になりだした頃、事件がおきた。というか、天使が舞い降りた。というか棚からぼた餅が落ちてきた。というか瓢箪からコマが出た。いやちがう、寝耳に水だった。…知ってることわざを駆使したが、どれも的を射てないな。


突然身に覚えのない封筒がポストに届いたのだ。差出人はサンヨー食品。
開封してみるとまさかの、夢にまで見たあのケンちゃんボールペンが入っていたのである。「当選おめでとうございます」の紙とともに。


え、ちょっと!応募してないのになんで当選しちゃったの??欲しい欲しいという神通力で採用されたのだろうか。ほんとうは別の人に送るはずが間違ってうちに配達されたんじゃないか。突然警察が来て横領罪で逮捕されるんじゃね?
おれの脳内Twitterの「いいね」ではなく「ホワイ」が連打された。1万ホワイを超えたところで思考が停止し、ケンちゃんボールペンをそっと引き出しにしまった。


翌日、冷めやらぬ興奮ともやもやと冷静と情熱の間にただよう藻のごとく挙動不審で登校すると、いつものように友人がニヤニヤと寄ってきた。


「そろそろ届いたんちゃう?」


反射的に「なにが?」と返答するまえにピンときた。


「ケンちゃんボールペンか…もしかして!」


図星だった。友人が当たったスクラッチを私の住所と名前を記して送っていたのだ。なにその神対応。


友人はとくにその話を引きずるでもなく、あっさりと話してあっさりと別の話題になった。そんなものか。
私ならサンバカーニバルくらいのテンションで1ヶ月は言い続けるぞ。サンバカーニバル見たことないけど。


かくして念願のケンちゃんボールペンが我が手中に収まったわけだが、さてどうするか。こちとら思春期入りたての中学生である。
当時、モテるための必須文房具はディズニーだったりサンリオ系、もしくは光GENJIの切り抜きを透明の下敷きみたいなファイルにはさむのがトレンドだった。


カワイイが群雄割拠するなかに志村けんがおじゃまするスペースは空いているのだろうか。


答えは“NO”である。


結局、学校にも持っていかず、友だちにも披露せず、引き出しにしまったまま数ヶ月が過ぎたころ、深夜ラジオから気になるアナウンスが流れてきた。


「あなたのいらなくなった宝物を募集します」


これだ!と思った。
ちなみにパーソナリティは伊集院光だった。(番組名は失念)


さっそくケンちゃんボールペンを封筒に入れ、ラジオ局宛に送った。

もちろん宛名などはケンちゃんボールペンで書いた。


そして翌週、かの番組をカセットテープに録音しながら聞いていると、見事採用されたのである。


「ラジオネーム〇〇さんからケンちゃんボールペンが届きました。ケンちゃんラーメンで当たったらもらえるやつですね。マニアよだれ。さて…」


「マニアよだれ」


かくして私のケンちゃんボールペンは伊集院光の“マニアよだれ”という流すように放たれた、たったワンフレーズの金言とひきかえに無事成仏したのであった。


言いかえれば“ケンちゃんボールペン”と“マニアよだれ”の物々交換、現代のわらしべ長者と呼んでも過言ではない事案である。


それ以来、他人が自慢してくる(私は興味のない)レアアイテムについて「あーそれはマニアよだれですね」という返しができるようになった。


いいものと交換してもらったと満足しているが、28年の月日を経ても“マニアよだれ”はまだそれ以上のものと交換できずにいる。


いつか庭付き一戸建てをゲットできる日はくるのだろうか。


わらしべ長者への道は、まだ始まったばかりである。

カレーに生卵をトッピングした日

みなさんはカレーに生卵をトッピングしますか? という話である。

私は幼少のころ、家のカレーには生卵をのせていた。

家のカレーといえば親も食べるし子も食べる。
親の好み(辛口)に合わせれば子が食べられず、子の好み(甘口)にすれば親が食べられない。あちらを立てればこちらが立たずというやつだ。

この両者がぶり四つな状況を打破すべくあみだされた技が「生卵トッピング」だったのだ。辛いカレーに入れるとたちまちまろやかに!さらに温度も下がって口の中をヤケドするリスクも低減!の三拍子ならぬ二拍子そろった名案だ。まあ別にうちの親があみだした訳ではないし、中辛という選択肢はなかったのかとも思うのたが。

ともかくわが家では「辛いカレーが食べられないなら卵を入れんさい」という教育方針で、私はカレーをおかわりするたび生卵をざぶざぶと消費しつづけた。ある意味それがおふくろの味である。

そんな私もやがて大人になり、多少の辛さではびくともしなくなった。
生卵なんていらない。いや、むしろもっと辛いカレーを求めさまよう宇宙。

だが、そんな威勢も所詮は井の中の蛙、スパイスカレーどころかCoCo壱すら知らず、バー◯ントカレーの辛口で火を吹いていた小童のたわごとだと気付いたのはもっとあとの話である。



今の会社では、土曜出勤日のお昼は皆でカツカレーを食べに行くという文化というか風習がある。

弊社は一年間の土曜日のうち、およそ半分は出勤日なので、ざっくり年間25回は同じ店でカツカレーを食べている計算だ。
ちなみに私は今の会社に15年以上勤めているので少なくとも今まで375回食べていることになり、現時点で私の昼食におけるカツカレー率をはじきだすと41年×365日=14,965で割ることの375回で…39.9…%? そんなわけないよな。
端的に言うと、 まあそれなりに食べているということである。

ところでその店のカレーはうまいのだが至極辛く、初めて食べたその日から生卵をトッピングせずにはいられなかった。


今回はその店のカツカレーにスポットがあたる。



まずその店の情報だが、

・個人経営の居酒屋
・カウンター約15席、4人がけテーブル×2、6人座敷×4
・平日の昼は定食ランチを出している
・カレーは土曜の昼のみ
・カツカレーがデフォルト
・大盛りがデフォルト
・値段は620円
・近くにけっこう大きい企業がある
・その企業が休みのときは500円!
・生卵は30円

集客が見込めるときにがっつり儲けて、見込めないときは安くする。「ホームランか三振か」みたいな経営方針はとても好感が持てる。
それにしてもカツカレー大盛りで620円は破格だろう。
ほかの有名カレーチェーン店なら1000円を超えてもおかしくないボリュームだ。

さらに店主はふぐ調理の免許も持っている、それなりに“ちゃんとした”料理人であるので、クオリティに関しても当然満足いく仕上がりなのだ。

もうひとつプチ情報としては、通い始めた当時、店主はぱっと見「おじさん」というより「おじいさん」に寄った風貌だったのだが、15年の時を経ても見た目の変化がないのである。

よく「子どもの頃に通っていた駄菓子屋を大人になってからのぞいたら、まだ同じおばあちゃんが当時のままの風貌できりもりしていた。もしかしたらサイボーグかもしれない」といった都市伝説的な話を聞くが、まさにそれだ。今でいうならpepperかグーグルホームかもしれない。AIがきりもりする居酒屋。未来だ。

私は今現在、その店で食べるカツカレーにのみ生卵をトッピングしている。もう辛さにも慣れて別に卵がなくても問題なく食べられるのだが、もはや生卵含めてのカツカレーという認識になってしまった。マリアージュだ。カツカレーと生卵は結婚してしまったので、「辛くないから」くらいの理由では離れられない存在なのだ。 というか、店に入れば注文しなくてもカツカレー卵のせが自動的に出てくるくらい常連になってしまったので、いまさら「卵いりません」とは言いにくいというのが本音である。

それはそれで全然ウェルカムでありがたいのだが、もやもやすることがひとつある。

卵がごはんの上に乗ってくるのだ。




いやいや、普通ルーの上にトッピングされてない?? と思いつつ、15年以上つっこめずに日々悶々と過ごしてきたが、このたび満を辞してTwitterでアンケートをとってみた。みんなカレー食べるとき卵をどこにトッピングするのよ!


過半数がトッピングしないという結果に

卵のトッピング位置を聞いたところ、過半数がそもそもトッピングしないという結果に。
まあうすうす気づいてはいたが、やはりそうなのか。
続いてルーの上が2位でフィニッシュ。
問題のごはんの上は0票と、これまた予想通りの結果。

マイノリティどころの騒ぎではない。0票である。もはや唯一無二の存在だろう。

ではなぜ店主はごはんの上に卵を乗せて提供するのか。

もしかしたらごはんと卵を混ぜて卵かけごはんにしてからカレーとともに食すスタイルなのか。

卵かけごはんは一般的にしょうゆやめんつゆなどをかけるが、その味付けをカレーにするというまさかの発想。TKGカレーだ。

よく考えず書いたら、なんやら美味しそうな雰囲気を醸し出していなくもないような気がする今日このごろではあるが、あくまで酔っ払いの想像なので、実際のところどうなのかは、またおいおい検証したいと思う。(検証せず忘れてしまうパターン)

ぐだぐだと能書きを垂れたが、実際のところ個人的には生卵がごはんの上にあろうがルーの上にあろうが正直どっちでもいいという痛恨のドロー判定で締めたいと思う。

あけましておめでとうございます。

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今年一発目のブログにもかかわらず、まったく新年ぽくない内容で恐縮だが、本年も当ふんがふんがブログ(仮)をどうぞよろしくお願い申し上げます。

納豆が苦手だった日

誰しもそうかもしれないが、食べ物に関して子供のころより好ききらいが少なくなった。

小学生のころ苦手だった食べ物といえば、ピーマン、にんじん、きゅうり、グリーンピース、カリフラワーから湯豆腐、鯛、サンマ、シャコ、レーズンパン、冷えた白米、辛いもの全般などなど挙げれば5000個くらい出てきそうだが、大人になるにつれ、いつの間にか食べられるようになっていた。なんという人体の不思議展。

そんななか、食べられるぞセンサーの網の目をくぐり抜けて成人を迎えてしまった精鋭たちがいる。紹介しよう、わさび、納豆、紅しょうがである。
これらはいい大人になっても苦手だった。

「だった」と過去形にしたのは、すでに克服したからである。


まずはじめに「紅しょうが」

薬味としての擦ったしょうがは食べられるのに、紅いとだめだった。紅に染まったこのオレをなぐさめるやつはもういなかったのである。

しかしみじん切りにすることにより食べられた。
野菜ぎらいな子どもによく使われる戦法だが、大人にも有効だった。こまかくすれば味が分散され、わかりにくくなるのだ。そりゃそうか!

今では吉野家でも牛丼に紅しょうがを「えいやっ」と乗せることができる。大人の階段をのぼりまくりである。


次に「わさび」

これは苦戦した。あの「ツーン」とくるのがたまらなくイヤだった。わさびといえば寿司や刺身の相棒、ベストパートナーだが、寿司も30歳を過ぎるまでかたくなにサビ抜きで通した。

「相棒」という単語が出たのでドラマの相棒とかけてうまいこと言ってやろうかと思ったけど、そもそもドラマを見たことがないので杉下右京という名前しか浮かばない。
むりやりひねり出せば…個人的には「はまち」が寿司界の杉下右京だと思っている。…ごめん、てきとうにもほどがある。ウキョー!


しかしなぜかドラマで使われたらしいマグカップは家にある

わさびが食べられないと言うと、よく「おこちゃまねー」と子どもあつかいされがちだが、そのたびに「ツーンとなって寿司の味がわからなくなるので私は遠慮している」と遠い目をしてつぶやくことによって相手をけむに巻いてきた。ただ、相手が納得していたのかあきれていたのか、真相は漆黒の闇の中である。

しかし、いつでもどこでもサビ抜きをチョイスできるかというとそんなことはなく、わさびやむなしな状況を繰り返し体験し、無理やり食べているうちにびっくりするくらい慣れてしまった。人間なにごとも慣れだね。


最後に「納豆」

これが曲者である。
においからして問答無用で共演NGを突きつけたいくらいだが、それでも学生のころ意を決してチャレンジしたことがあった。

結果は惨敗。というか、食べた時は「いけた!」と思ったが、夜中に嘔吐してしまった。

疑問点は、食べてから嘔吐までのタイムラグがあったので、ほんとうに納豆によるのものなのかどうか。
それか「納豆きらい」という思い込みからきた精神的なものか。これまた真相はマリアナ海溝の奥の奥である。

正直言えば、その後納豆も本気を出せば食べることができた(涙目でちょっとオエッてなるけど)。

しかしどうだろう。納豆まで克服してしまっては苦手な食べ物がなくなってしまう。もはやアイムアパーフェクトヒューマンである。

特に仲良くはない面々での飲み会では、しばしば「好きな食べ物、きらいな食べ物」の話題が出たりする。

その時に「ぼくはきらいな食べ物はありません」と言うのもスマートだが、やはりひとつくらい苦手な食べ物があったほうがチャームポイントになるんじゃないかと思っている。

たとえばその飲み会に女子なんぞがいた場合の脳内シミュレーションでは

女子「kogeさんは好ききらいないんですかー?」
僕「だいたいないけど、唯一納豆はちょっと苦手かなー」
女子「納豆食べられないなんて意外…キュン?」
という台本で動いている。いわゆるギャップ萌えだ。
(そこに萌え要素があるかどうか問題は、どこか見えないところにしまっておいてほしい)

しかし現実は
女子「えー私納豆大好物ですよー。納豆食べられないなんて人生半分くらい損してますよー」
僕「(やかましいわボケ)食べられないことはないんだけど、ひとつくらい苦手なものがあったほうがチャームポイントになるかなと思って」
女子「(ぽかーん)」
となる。もう慣れた。

どちらにせよ、私はもう納豆きらいキャラで人生をまっとうしようと決めたので、これからもこの「納豆きらい=チャームポイント理論」を推進していきたい次第である。

そう、納豆のように粘り強く。

【下ネタ注意】うんこが長かった日

※今回はうんこの話をするのでカレーを食べながら読んでる人は食べ終わってからまた来てください。




尾籠な話で申し訳ないが、私はうんこが長い。
長いと言ってもモノが長いわけではなく、時間の話である。

ロングうんこじゃなくて、うんこタイムがso longなのだ。
おかげで「予定の15分前のうんこは我慢」というマイ標語ができてしまった。標語というか、もはやことわざである。

あくまで15分は最短の条件であって、そこから延長延長で30分オーバーになる場合もある。勝負がつかなければ時間が許すかぎりの無制限デスマッチが繰り広げられることとなる。そうなれば温かい便座のおかげで尻が低温やけどというダメージをうけてしまう。あぁおそろしい!

幼少のころから便秘体質で、トイレに入ればわずかに出るだけで出切らない。それでもなんとかして出し切ろうとふんばるが報われず、結果残尿感ならぬ残ウン感満載でトイレを後にする。
この敗北感をなかなか共有することができずに気づけば40年である。

そんなうんこが出ない症候群でもモヤモヤしていた高校時代に衝撃的な事件があった。

当時私は陸上部に所属していた。
毎日部活動がはじまると、アップと称する準備体操や、運動場を周回するジョグ(いわゆるジョギング)が行なわれる。
そのジョグの最中、突然便意に襲われるチームメイト(A君)がいたのである。

さいわい運動場の隅にトイレがあり、その前にさしかかった時にA君が「ちょっとうんこ」と言って集団を離れトイレへ。われわれは走り続ける。

公立校の運動場なのでさほど広くなく、ゆるく走っても2分もあれば余裕で一周できるくらいだ。

一周まわってふたたびそのトイレの前を通り過ぎようとするタイミングでA君がさわやかな顔で集団に戻ってきた。おいおい、まじかよ。

われわれがジョグでグラウンドをひと回りする間にA君はトイレに行き、うんこをして尻を拭き戻ってきたのである。2分ほどの間に。

さすがに他の部員もざわついた。あまりにも速すぎるだろう。ちゃんと拭いたのか。こりゃ前人未到の記録達成だ。と、口ぐちに最大級の賛辞でA君を讃えた。

そこで彼は言った。「これがスピードうんこだ」と。

スピードうんこ!

はじめて聞く言葉だったが、すっと耳に入り、脳で処理され、口から出た。そうか、彼はスピードうんこのプロ、スピードうんカーだったのか。2分ておしっこレベルじゃないかよ。
さらに聞くと、本気を出せばまだまだ短縮できるとのこと。さすがプロである。今でも会えばその話が語り草になっている。



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やがて時は経ち、現在の私はというと、A君の影響か食生活の改善か便秘症はずいぶん解消され、5分ほどでうんこ完了できるようになった。

たまに座るや否やブリブリと気持ちよく放出され、はい終わり!となり、「おお、これはスピードうんこじゃないか!」と意気揚々と尻を拭くが、ズボンを履いて立ち上がると「残念、まだ出ますよー」と、さらなる便意が津波のように押し寄せ、見つめ合うと素直におしゃべりできなかったり、侘しさにI know…怯えてるHooとなったりしてしまう。

もしかしてこれがツンデレというやつじゃないだろうか。ツンデレうんこ。

以上、人生初のツンデレがうんこだったお話でした。


それではいただきます

厄年で活躍した日

「鳥肌実、42歳、厄年」

20代のときに聴いたこのフレーズのおかげで男は42歳(数えで)が厄年なのだと脳裏にこびりつき、忘れられなくなった。

そしてまさに今年、私は42歳厄年である。本厄で大厄。キングオブ厄年だ。

かなりうろ覚えの情報だが、たしか真心ブラザーズのYO-KINGが「厄年のヤクは活躍のヤク」という名言を残したと記憶している。「厄年→躍年」となると印象が大逆転だ。満塁ホームラン!

それは42歳の厄年に対して発せられた言葉で、その年のころがいちばん活躍する年代でしょうということであり、バイタリティで乗り越えた20代、社会では中堅と呼ばれる30代を経て、「もうアラフォーか」というネガティヴな思考と大厄という厄年の王様を一掃するためのパワーワードなんじゃないかと認識している。

活躍の躍年。いい言葉だが、もしかしたら他の「ヤク」でもいいのがあるんじゃないか。
最適な「ヤク」年を検証してみよう。


・焼く年
焼肉焼いても家焼くなのCMでおなじみの晩餐館よろしく。そろそろ肉はしんどいので魚を食べたい。

・約年
短くまとめた感じか。厄年は要約してほしい。

・薬年
いよいよお薬に頼らなければならない年ごろ。処方してください。

・妬く年
やきもち。嫉妬にまみれた一年になることまちがいなし。

・ヤク年
ウシ科ウシ属に分類される偶蹄類。





Wikipediaより

寿命が25年って大厄まで生きられないじゃないか。


結果、「厄の字に代わるポジティブなヤクグランプリ」優勝は「躍」に決定である。おめでとう!


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結果を踏まえ、ぜひとも厄年を「躍年」としたいところだが、いかんせん今年もあと40日ほどである。
あと1ヶ月ちょいで活躍しなければならないプレッシャーを考えると、もう厄年のままでいいんじゃないかと思うよね。

ピスタチ男がやってきた日

以前にも増して記憶力が悪くなっている。

先日も、9月なかばに書店で注文していた本が2,3日後に入荷しましたとの連絡を受けたにもかかわらずすっかり忘却の彼方に消えており、2ヶ月後にたまたまその書店に行った際、店員に「本入荷してますよ」と言われてハッとしたりしている。

そんな体たらくであるので、ブログのネタに関しても思いついたことを忘れないようにスマホのメモに書き留めているのだが、今回のネタはその中から選んだ。


「ピスタチ男」である。


「ピスタチ男」と書いて何と読むか。

おそらくは「ピスタチおとこ」か「ピスタチお」だろう。

ほんとうはピスタチオのキャラクター風に「ピスタチお」と読ませたかったのだが、「男」を「おとこ」と読んでしまう問題が勃発してしまったのだ。
これでは真意が伝わらない。
まあ限りなくどうでもいい真意だが。

「ピスタチおとこ」と読んでしまう原因として、かつてのとんねるずのみなさんのおかげですにおける仮面ノリダーのタイトル「恐怖、〇〇男」が由来してるんじゃないかという結論に至ったが、仮面ノリダーを知らない世代に聞いても意見は真っ二つに分かれたので、完全な杞憂だった。問題は別にあるのだ。

では「ピスタチお」と読まれるにはどうすればいいか。

そう、別の「お」に変えればいいのだ。

名前に使用される別の「お」といえば…

・夫
・雄
・生

メジャーどころではこの3つだろうか。さっそく合わせてみよう。

・ピスタチ夫
・ピスタチ雄
・ピスタチ生

「お」以外の可能性はどうか。

・ピスタチおっと
・ピスタチお
・ピスタチなま

再度アンケートをとったところ、「雄」が満場一致で「お」と読まれた。

これだ!最後が「お」で終わる物に名前をつけるならどの漢字の「お」がいいかグランプリ、第1回の優勝は「雄」に決まりである。おめでとう!長嶋茂雄!藤子不二雄!草刈正雄!


ちなみに冒頭でふれた物忘れの件だが、メモを見返してもなんのためにメモしたのかまったくわからないという忘れん坊あるあるの症状もでているので、記憶力アップのトレーニング、サプリメント、ツボなどを取り入れることが急務である。


最後の「女子グループ」がいちばん最近メモしたのになんのことかさっぱりわからない

スパムがやってきた日

今日も明日も明後日も、ぼくたちはスパムメールを受信しつづける運命だ。
会社のパソコン、自分のスマホ、ほらタブレットにも。

内容はワンクリック詐欺だったり出会い系だったり売り上げが上がりますよだったりレイバンセール中だったりバイアグラ買いませんかだったり、はたまた普通の会社からの営業メールだったりとさまざまだ。

しかしどれもいわば広告である。

広告ならばTVCMも新聞の折込広告もポスティングちらしも同じだろう。
飛び込み営業もある意味広告だ。

そういったくくりで考えると、必要なかったり、うっとうしかったりするとどれもスパムということか。

それなら広告の上のほうに、あえて[spam]と印刷しておいたり、「どうもspam営業ですー」とか言いながら飛び込み営業が来たらおもしろいしウケるんじゃないかと考えたが、わが家に「spamでおなじみの〇〇新聞です」とか来てもかすかにおもしろいだけで、ふつうに断るだろうなと思った。こりゃだめだ。

まあその後Twitterとか飲み会で発表されることは必至であるが。

丸坊主になった日

先日、長かった髪をばっさり切って坊主になった。


これが


こうなりました

髪型が突然坊主になるとたいてい「浮気がばれたのか」「仕事ですごいミスをしたのか」「出家したのか」との問い合わせをつぶてのごとく受けるが、そういったことはまったくなく、ただ単純にうっとうしくなったから切っただけのことである。うううそじゃないぞ。

まあ中途半端に切るより、いっそのこと丸刈りにしたほうが皆さんの話題の種になりおもしろいだろうというサービス精神もないことはない。

思い返せば、これまでも長髪にしては丸坊主にするという行為を繰り返してきた。切ったり揃えたりして徐々に伸ばした髪をいっきに切る、というのをおよそ四年のスパンでやっている。オリンピックみたいだが、けして五輪と五厘刈りをかけているわけではない。

「高ければ高い壁のほうが登ったとき気持ちいいもんな」とたしかミスチルが歌っていたと思うが、同じように長ければ長い髪のほうが丸坊主にしたとき気持ちいいのだ。この爽快感、はんぱないぞ。

このたび散髪するにあたって、ビフォーアフターだけでなく、途中経過も写真におさめたいと思っていた。

普通、坊主にするならバリカンで襟足から刈っていくイメージがあったが、今回先にてっぺんだけ刈ってもらい、落ち武者スタイルで写真を撮ろうと思っていた。

その旨を担当の理容師さんに伝えようよしたら、先に言われた。「上だけ刈って落ち武者みたいにして写真撮りましょうか」そのセンスまじかよ!

ということで、ばっちり写真におさめてもらった。


前から


後ろから

後ろは一見長髪だが、てっぺんに違和感がある。

丁髷にするには髪の長さがたりなかったが、とりあえず当初の目標は達成できたので満足だ。

次回はまた髪が伸びた四年後に断髪式の報告をしたいと思う。

その時までハゲませんように。



持って帰りますか?と言われたけど遠慮した

ブログを始めていつのまにか2年経っていた日

ブログを始めてから2年の月日が経っていた。


2年と40日

1年経った時にも書いたかどうか忘れてしまったが、こんなにこつこつと続くとは思ってもみなかった。THE・月並みな表現。

さらに今年はデイリーポータルZ新人賞において佳作に輝くという夢みたいなこともあったので、モチベーションが維持できているのかもしれない。

佳作をいただいた日

思えば小中高と学生時代は作文や感想文がはてしなく苦手だった。

だいたい書き出しは「ぼくは」で、そこで何時間もフリーズしてしまう。何を書いたらいいかわからない思いと、書いた文章を読まれるのが恥ずかしいという思いのワンツーパンチでノックアウトされる日々だった。 書き上げて提出した覚えがまったくない。

確かにぼくは何かしら行動をして何かしらの感情を得たはずなのに、それを文章にできない。
当時のぼくはいったい何をしてどう思ったのだろう。
自分のことながら、思い返すと心身に異常をきたしていたんじゃないかと心配になってくると同時に、「ぼくは」としか書いていない原稿用紙を受け取った先生の心境を思うと、回っていないお寿司をおごってもまったく消せないくらいの罪悪感が逆流性食道炎のごとくこみあげてくる。

だがそこから20余年の時を経て、そのぼくはブログを書いている。

しかし、読まれて恥ずかしいという感情は今もある。

ネット上で知らない人(ふだん会わない人)に読まれるならなんてことないが、目の前で知り合いにブログを読まれることを想像するとやはり恥ずかしいし、たまーに自分で読み返して恥ずかし時もある。

ということは、今でも読書感想文を原稿用紙に書いて上司やら友達やらに提出しなければならない事態に直面したら、もしかしたら何も書けないんじゃないだろうか。当時からまったく成長していない自信なら売るほどあるぞ。

でもそんなことを恥ずかしげもなくブログに綴っていけているのは、だいたい酔っ払った状態で書いて、しらふの時に読み返さない勇気があるからなのかもしれない。

ただ、過度にべろんべろんだとポエムみたいなことを言ってしまうおそれがあるので、その辺は柔軟に対応しているつもりではある。

まあとりあえずブログ3年目の決意としては、「しらふで文章を書けるようになる」が妥当なところだろうな。